「葬儀や入院費の支払いがあるので、亡くなった親の預金を使いたい。」
「預金を引き出した後で、借金があることが分かった。」
身近な方が亡くなると、さまざまな支払いや手続きが必要になります。しかし、相続放棄を考えている場合には、亡くなった方の預金の取扱いに注意が必要です。
相続財産を処分すると、法律上、相続を承認したものと扱われることがあるためです。
もっとも、具体的な判断には、引き出した時期や経緯、使い道、残金の保管状況などの確認が欠かせません。
この記事では、相続放棄と預金の取扱いについて、法律の基本と、判断のために整理しておきたい事項を説明します。
1 相続放棄には家庭裁判所での手続きが必要
相続放棄は、亡くなった方の財産や借金を相続によって引き継がないための手続きです。民法第939条は、相続放棄をした人について、その相続では初めから相続人にならなかったものとみなすと定めています。
手続きは、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で行います。親族に「遺産はいらない」と伝えるだけでは、法律上の相続放棄にはなりません。
また、「預金だけを受け取り、借金だけを放棄する」という選び方はできません。プラスの財産とマイナスの財産の両方を確認したうえで判断する必要があります。
【根拠】民法第938条・第939条、裁判所「相続の放棄の申述」
2 預金の使い方によっては相続を承認したと扱われる
民法第921条第1号は、相続人が相続財産の全部または一部を処分した場合、原則として単純承認をしたものとみなすと定めています。これを「法定単純承認」といいます。
単純承認とは、財産だけでなく、借金などの義務も引き継ぐことです。受け継いだ財産の範囲だけで責任を負う制度ではありません。
そのため、相続放棄を検討している間は、亡くなった方の預金を自分の買い物や生活費に使うことなどについて、慎重な判断が必要です。
一方、同号には「保存行為」などを除外する規定もあります。したがって、実際に何をしたのかを確認せず、預金を動かしたという一事だけで結論を決めることも適切ではありません。
相続放棄ができるかどうかを判断するには、まず具体的なお金の動きを確かめる必要があります。
【根拠】民法第920条・第921条第1号
3 引き出した経緯と使い道を整理する
すでに預金を引き出している場合、相談に向けて、次の事項を整理しておきましょう。
- 引き出したのは、亡くなる前か、亡くなった後か。
- 誰が、いつ、いくら引き出したか。
- 何のために引き出し、実際には何に使ったか。
- 残金はいくらあり、誰がどこで保管しているか。
- 自分のお金と混ざっていないか。
- 通帳、取引明細、請求書、領収書などが残っているか。
これらは、行為の内容を正確に説明するための確認事項です。単に「保管のためだった」と説明すれば足りるわけではなく、実際の保管状況や支出を裏付ける資料も確認する必要があります。
葬儀費用や入院費に使った場合も、支払先と金額、費用の内訳、誰が契約した支払いなのかを整理してください。「葬儀費用だから必ず問題ない」と、名目だけで判断することは避けましょう。
ここで挙げた事項は、判断に必要な事実を整理するためのものです。「残金を別に保管していれば必ず相続放棄できる」という基準ではありません。
【位置付け】民法第921条第1号の該当性を検討するための確認事項
4 すでに使っていても資料を確認する前に諦めない
預金を使ったことがある場合、この記事だけで相続放棄の可否を判断することはできません。追加の引出しや支出をする前に、これまでのお金の動きを整理し、弁護士に相談してください。
相談の際には、使った事実を省略せず、通帳や領収書などの資料とともに伝えることが大切です。自分では問題がないと考えている支出でも、その内容の確認が必要になります。
反対に、法定単純承認に当たる行為をしていた場合には、相続放棄が認められないという不利益があります。民法第919条第1項は、相続の承認について、熟慮期間内でも撤回できないと定めています。「使った分を口座に戻せば、なかったことにできる」とは考えないようにしましょう。
【根拠】民法第919条第1項・第921条第1号
5 財産を調べている間も3か月の期限に注意
相続放棄の期間は、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月」です。
調査をしても財産や借金の状況が分からず、期間内に判断できない場合には、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申し立てる方法があります。裁判所の案内では、この申立ても3か月以内に行う必要があるとされています。
財産を調べているだけで、自動的に期限が延びるわけではありません。預金の取扱いを確認することと並行して、相続放棄の期限も確認してください。
【根拠】民法第915条第1項、裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」
相続放棄を考えているときは、預金を使う前に、その支払いが相続放棄に影響しないか確認することが大切です。すでに引き出している場合も、経緯と使い道が分かる資料をそろえ、期限に余裕をもって相談しましょう。
参考資料
法令確認日:2026年9月23日
- e-Gov法令検索「民法」第915条、第919条、第920条、第921条、第938条、第939条
- 裁判所「相続の放棄の申述」
- 裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」

